沿革


 本校は、昭和62年に原小学校と平小学校が統合して、旧大浦中学校跡地に、舞鶴市立大浦小学校として創立された。続いて、平成3年に田井小学校、野原小学校、大浦小学校が統合した。さらに、平成5年には大丹生小学校と大浦小学校が統合した。その後、平成10年に丸山小学校との統合を果たし、開校から12年目にして旧大浦地区6小学校が統合した。それにより児童数が増加し、校区はさらに広がり、北は日本海、東は福井県大飯郡高浜町と接し、起伏に富んだ海岸線を呈する田井・野原・三浜・小橋・大丹生地域、河辺谷に沿って集落が点在する原地域と半島付け根の平地域の旧6小学校区からなっている。
 校区の田井・野原・三浜・小橋地区は、漁業を中心に半農半漁の生活を営んでおり、定置網漁や個人による様々な漁法、渡船などで常時操業しているが、近年市内等への事業所に勤務する人も多い。中でも、野原・三浜・小橋地区では、海水浴客や釣客向けの民宿業が盛んである。また、野原地区では、富山・石川・長野・岡山県などへまで海産物を商う行商に出かける人が多い。
 原・平・大丹生地区は、両親が給与所得者として働くかたわら、農業に従事するという兼業農家が多くを占めている。学校近くの平工業団地には、既存の木材加工工場の他に新会社等も進出し、活気も出てきた。児童の多くが、祖父母・両親との三世代家族で、いわゆる鍵っ子は少ない。
 浦入・瀬崎地区では平成16年8月に舞鶴火力発電所が稼動し、それに伴ってクレインブリッジや6つのトンネルも開通して、西大浦地域が大きく変貌した。また、平成28年度には『創立30周年記念式典』を開催した。
 平成30年より舞鶴市の教育施策に基づき、若浦中学校・朝来小学校との小中一貫教育を推進し、令和元年度には研究発表を実施した。
令和2年度の児童数は55名
で、そのうちバスで通学している児童は約65%である。1日の運行回数の少ない路線バスによる通学は、学校生活にも少なからぬ影響を与えてはいるが、時間を有効に活用して特別活動や課外活動を実施している。



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